| 【遊楽】 一坪の抵抗 清水 早子(しみず・はやこ) 数年ぶりにキャンプをして小さなテントで寝た。土の上で空を見ながら眠るのが昔から大好きだ。土を耕して種を蒔くのも楽しみだけれど、それより、私はつい獲物を求めて海に入ってしまうので、どちらかと言えば定住する農耕民族より、流浪する海洋民族の血の方が濃いのかもしれない。潮騒を間近で聞きながら、満月の月明かりの空に浮遊していろいろな動物の形に姿を変える愉快な雲を眺めていると、この上なく気分がいい。しかし、キャンプしたその海岸の近くには数年前にはなかったホテルが背景に建ち、ビーチは不自然に整備され、パラソルなどが立ち並び、ひどく人工的な様相に変わっている。その海の珊瑚たちも2、3年前に比べると無惨に死に瀕した状態だった。 宮古島のあちこちの海岸線が売却され開発されつつあるが、たまの休日を過ごしにやって来る人々には心地よくても、ここに生活する人々には決して居心地よくない変貌ぶりである。 最近何度か、八重山支庁から職員が自宅へ見える。私は2002年から石垣市白保の新空港建設予定地の一角の共有地主(白保の海と大地を未来に残す全国ネットワーク)の一人になっている。一坪地主というものだ。県からこの土地を「1470円で売って下さい」との通知があり、そのことで県職員が見えるのだ。申し訳ないが私は毎回「売却の意志はない」と答え、お引取りをねがう。価格が理由ではない。絶滅危惧種のカンムリワシやコウモリや、世界的に貴重な白保のアオサンゴの保護・保全のためだけでもない。むしろ、滑走路も長くなる新空港の軍事利用を懸念して、建設することに反対だからだ。 もう30年以上も前、やはり宮古圏域の下地島空港の成り立ちと同様に、石垣新空港建設問題が持ち上がった。アメリカのシンクタンクの提言に依り、軍事的要衝との観点からだ。下地島では紆余曲折を経て空港が建設されたが、石垣では30年以上、今に至るまで反対運動は続いている。その間、沖縄県知事は4人代替わりしている。 軍事的な政策はこのように数十年の長期プランで受け継がれていくことを、「守る」側は肝に銘じておかねばならない。しかし、言いかえれば抵抗の仕方によってはこのように30年以上実現を遅らせることができるということでもある。 名護市辺野古では新米軍基地建設に反対する行動が今日も海上で続いている。毎日のようにネット上で発信される「辺野古浜通信」では、「過去の歴史にこだわる県民に、現在進行中の基地建設にもっと関心を持ってほしい」と悲痛に語られる。 石垣新空港建設強行のため、建設に反対する人々の共有地を強制執行して収用することを県や国は検討しているようだが、否も応もなく力ずくで取り上げるというのなら、さあ微力な最後の抵抗を私はどう示そうか。 宮古の海岸線の売却や下地島残地売却に関わる今後の問題も、石垣の歴史や辺野古の現状から学ぶべきことがあるのではないだろうか。下地島空港にまもなく「自衛隊がやってくる事は決定で、一部を除いてほとんどの議員の間では根回しが済んでいる」などとまことしやかな情報も流れている。宮古の軍事基地化が目の前に来ているという今、島の平和で平穏な生活、文化と伝統を重んじる暮らしをどのように「守る」のか、力ずくで奪おうとする圧制にどのような抵抗のスタイルを創り出すのか、たくさんの島民で議論する時期ではないだろうか。 (宮古ペンクラブ会員・自由自在空間久松館) | |
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理解されない沖縄の「痛み」 変質した米軍基地の役割 | |
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【うたの歳時記散歩】 月の目に視られて歩む見られても早や痛からぬ齢となりぬ そろそろ老年期に差し掛かった知名の女性が、自分の年齢を、あっけらかんと歌っている。いいね、年齢などにこだわらないのが。右の歌は、「月の目に視られて歩む」と詠うのが出色であろう。 呼べば谺男は男山は山満月の夜の山に冴えゆく 男っぽい歌である。月夜の歌といえば、上品で静かな、つまり優美な歌を連想される方もあろう。だが、右の一首は、いかにも男性的で、ごつい感じの歌である。 晩秋の冴えた月の歌であろうか。これまで地球という星から月へ旅した人は、十二人もいるという。でも、この歌はアポロ11号のアームストロング船長が、人類として初めて月面に足を踏み入れた時の歌であろう。「飛行士の足形つけて」が、それである。月へ旅して月面の石をお土産に持ち帰ったというから、モニュメンタルな一首なのである。 【今月の愛誦歌】 ・月のぼる野に菜の花の畦の黄は地(つち)三尺のうえ暮れのこる ・あかがねの月のぼり来て千の家に千の赤子の青畳這ふ ・継ぎ目なき人体に照る月のひかり鞣(なめ)されて汗のほのかに暗し ・新月の冥きひかりに藍濃ゆき甕より甕へ塩を移しぬ ・やまぶきの月照るこよひ火酒ふふむやうに味わふ子の不格 ・十五夜の月の兎のような眼をひらく少女があの空にいる ・水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば | |
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数年ぶりにキャンプをして小さなテントで寝た。土の上で空を見ながら眠るのが昔から大好きだ。土を耕して種を蒔くのも楽しみだけれど、それより、私はつい獲物を求めて海に入ってしまうので、どちらかと言えば定住する農耕民族より、流浪する海洋民族の血の方が濃いのかもしれない。潮騒を間近で聞きながら、満月の月明かりの空に浮遊していろいろな動物の形に姿を変える愉快な雲を眺めていると、この上なく気分がいい。
今年の夏も、大勢の若い人々が沖縄に押し寄せた。東京では沖縄料理店が増え続けている。定年を迎えた団塊世代を対象とした沖縄移住ビジネスも盛んだ。彼らは、沖縄に「癒し」を求め、元気を貰いに行くのだ。